少年の出張岐阜県大会 奨励賞

「今の私にできること」

岐阜市立藍川北中学校 3年 山田 彩加

私たちは、何があっても自分たちの意志で生きていかなければならない。
修学旅行で訪れた広島で私はそう思いました。

私は、平島の原爆養護老人ホームむつみ園で、川崎ミスエさんからお話を伺いました。
私は、2度の世界大戦や原爆投下、そして、それらがもたらした大きな悲しみについて学びました。
しかし、どうせ非核3原則を掲げた現代の日本とは縁遠い話、過去の話でしかないと思っていました。
でも、そんな考えは180度かわりました。

あの悲劇の時代を生きぬいてきた人には、決して過去の話なんかではないのだと、
いまだ核や戦争がある現代の私たちにも、決して他人ごとではないのだと思い知らされました。
川崎さんのお話によると、
原爆のあとは、川や池の周りにたくさんの死体が横たわり、まるで人が魚のようだったそうです。
そして自分はたった一人で子供を養うために、戦後の混乱の中、とても苦労したと涙ながらに語ってくださいました。

私は、事前にたくさんの質問を用意し、さらに、その答えも予想した上で、この施設を訪れました。
しかし、実際に伺った話は、私の予想をはるかにこえるむごさでどうしていいのか分からなくなり、
黙ってお話を聞いていることしかできませんでした。

そんな中で、川崎さんは
「あなた達には幸せになって欲しいの。」
という言葉を繰り返し言われました。
はじめは、なぜそんなことを言われるのか分かりませんでした。

もっと、この悲惨な出来事を後世に伝えていってほしいとか、
戦争や核をなくしてほしいと言われると予想していたからです。
しかし、お話を聞いているうちに、自分の意志で選んだ道を堂々と生きてほしいということだと分かってきました。
私は心が締め付けられるような思いがしました。

私自身、度重なるテストや、数ヶ月後の受験、友達関係など、
目先のことしか考えず、自分の生き方など真剣に考えたことがありませんでした。
私達は今、自由な時間を持ち、満足に食事を取り、好きな道を選ぶことができる平和な世の中にいます。
川崎さんの時代に比べて、格段にぜいたくな環境にあるのです。

しかし、実際はどうでしょう。
いじめや自殺が多発する世の中。
食事を平気で残し、人の言われるまま、自分の考えを持たずに生きている人がたくさんいます。
戦争で友を失う時代に、いじめをする人がいたでしょうか。
生きたくても生きられなかった時代に自ら命をたつことなど考えたでしょうか。
さらに、自分で生き方を選べる時代だったなら、戦争で死なずにすんだ人がどれだけいたでしょう。
そう思うとなんだか自分が情けなくなってきました。
ただ、決められたままに行動し、将来など考えず、適当に毎日を暮らしてきた自分が恥ずかしくなってきたのです。

確かに、今の私たちには、遠い将来など考えられません。
行きたい道があっても、今の自分の力ではとうてい無理だとあきらめがちです。
しかし、本当にそうでしょうか。
どんなに少ない可能性でも、実行に移さなければ、実現できるかどうかは分かりません。
自分が動き出さなければ所詮0パーセントのまま終わってしまいます。
一人一人が、自由に、幸せに生きていくことができる時代だからこそ、
私たちは、自分の人生の重みを知り、自分の意志で精一杯生きていかなければならないのではないでしょうか。

だから私は、みんなと笑顔で共生できる暮らしを目指し、自分の意志で自分の人生を創っていきたいと思います。
それが、今の私にできること、しなければならないことだと思います。